2012年8月アーカイブ

_1328619765.90547_752.png■はじめは凡人でも自己鍛錬すれば偉人になる

「仏仏祖祖、皆もとは凡人なり」

鎌倉時代の禅僧の道元の言葉です。「皆はじめは凡人であって、修行を積んで仏祖(仏法を体得した優秀な僧)となった。はじめから特別な人などいない。正しく仏道を歩めば、誰でも悟りの境地に到達することができるという意味を表しています。

その道のプロフェッショナルと呼ばれる人も、皆はじめは素人でした。素人が努力をして自己鍛錬に努めたからこそ、プロフェショナルになれたのです。スタート地点は皆一緒です。

たとえば、セールスマンもそうでしょう。新人のセールスマンは、トップセールスマンの活躍を見聞きするたびに、「自分もそうなりたい」と思います。

しかし、トップセールスマンだって、新人だった頃は、同じように「自分もトップセールスマンのようになりたい」と思っていたのです。

ただ、トップセールスマンの凄いところは、「なりたい」で終わらすことなく、そのためには、どうすれば良いのかを考え、スキルアップをするなど自己鍛錬をしてきたことです。

スポーツ選手でも、料理人でも、どんな分野の人も同じです。凄い先輩をみて、自分もそうなりたいと思っていたのです。

スタートラインは皆同じです。大切なのは、その道のプロフェッショナルになるため、どれだけ努力できるか、継続できるかにあります。才能は、その過程で開花するものなのです。はじめは凡人でも自己鍛錬すれば偉人になれるのです。

_1328619842.99349_69.png■ピンチはチャンス!

「ひょうたんも水に浮かべれば舟となる」

中国戦国時代の思想家の荘子の言葉です。ある金持ちが、長年勤めていた使用人にひょうたんの種をプレゼントしました。使用人がそれを育てたら、人間の身体の数倍の大きさに実り、水筒や容器として使えなくなりました。

偶然、そこに居合わせた荘子が「それほど大きいのであれば、湖で舟として浮かべればよかったものを...」と言ったのです。

人間は固定観点に囚われがちです。新しい発想でフレシキブルに考えてみれば、あるものがまったく違ったものに見えてきます。すなわち、発想の転換の重要性を説いている言葉です。

大手の商社に勤務する男性の話です。本社勤務だったのですが、あるとき大口の取引に失敗し、中国の上海支店に左遷になりました。

普通だったら、この時点で「出世コースから外れてしまった...。もう、おしまいだ...。」と悲観に暮れてもおかしくありません。

しかし、この男性は違いました。この商社で働き続けるということに囚われることなく、「中国語をマスターするよい機会、そうすれば、転職の大きな武器になる」と考えたのです。

そして、今では商社を退社し、中国語に精通していると理由から、小さい会社の取締役として迎えられ大活躍をしています。

ピントに遭遇したからといって、マイナス面だけを見ないことです。発想の転換をすれば、プラスの側面、すなわち、新しい可能性を見つけることができます。

ピンチはチャンスなのです!

_1328618875.35913_374.png■やるべきことはすぐにやる

「明日ありと思う心のあだ桜、夜半嵐の吹かぬものかは」

鎌倉時代の層である親鸞の言葉です。桜の花を「明日じっくりと眺めよう」と思っていても、夜中に嵐が吹いて散ってしまうこともあります。そうなれば、せっかく楽しみにしていても、花見ができません。

人生も同じで、やるべきことを先延ばしにしてはいけません。明日をあてにしないで、今やるべきことを大切にすることです。

買い物が良い例です。新鮮で美味しそうなミカンが特売で売っていたとします。「とりあえず店内を一周して、後で買おう」と考えていると、その間に売り切れてしまうかもしれません。

「買っておけばよかった...」と思っても、もう後の祭りです。心もマイナスに傾いてしまいます。

逆に、そのときにミカンを購入しておけば、その日に食べることができます。安価で新鮮、それに美味しいとくれば、ハッピーな気分になり、心はプラスに移行します。

つまり、たった1つのことでも、やるべきことを先延ばしにするかしないかで、大きく違います。

やるべきことがあったら、すぐにやるクセをつけることです。「今日は疲れたから明日にしよう...」と考えないことです。

「思い立ったら吉日」と自分に言い聞かせ、即、行動に移すことです。そのお陰で、ラッキーな体験ができたり、思いがけないチャンスを掴むこともあるでしょう。また、すぐやることで、気分が良くなれば、前向きな気持ちになれます。

_1328618814.79037_350.png■人生を楽しむコツ

「楽しみは、珍しき書、人の借り、始め一ひらひろげたる時」

江戸時代の歌人の橘曙覧の言葉です。楽しみは前から読みたかった貴重な本を、他人から借りてページを開いた瞬間にあるということを言っています。

橘曙覧は他にも、「楽しみは、心とおかぬ、友達と、笑い語りて、腹をよるとき」とも歌っています。人生の楽しみの1つは、心が許せる友達と冗談などを言って、お腹が痛くなるほど、笑い転げた時にあると言っています。

要するに、楽しみの種は身近に存在するものであって、遠いどこかに存在するものではないということです。

「毎日がつまらない...」と愚痴を言っているような人の多く、経済至上主義によって、「楽しみはお金で買うもの」という思考が体に染み込んでしまっているのかもしれません。

橘曙覧のように、ちょっとしてことでも、感謝し、うれしがる気持ちがあれば、日常生活の中に楽しみを見いだせるようになります。

図書館で読みたかった本を借りることができうれしかった。天気が良いのでサイクリングに出かけたら気持ちが良かった。そう考えれば、気持ちが前向きになり、楽しく生きることができます。

ポジティブなリズムが生まれ、それがまたポジティブなリズムを生み、ますます楽しくなって行くでしょう。

_1328618931.46367_599.png■平常心を保つには意識をすること

人間は意識をすることで、既にその問題の50%は解決をしているといいます。意識をするだで半分は変わっているのです。そして、この意識をするということに、自律神経を整え、平常心を保つための最大のヒントが隠されています。

私達は、自律神経すなわち平常心が乱される環境の中で生きています。例えば、満員電車に乗ったり、車の運転中に渋滞に巻き込まれたりすれば平常心が乱れがちです。

上司に何かを言われても乱れますし、あるいは、その日の気圧によっても乱れます。ですから、乱されるばかりの環境の中にいると認識し、次にどうやって自分の自律神経を切り替えて安定させていくか、というところを考えます。

「今日は、なんとなく仕事でミスをする気がする。だから気を付けよう!」と意識をするだけで50%は改善されています。後は、呼吸法などを意識的に入れていくことで、、残りの50%もリカバーができます。

余裕がないとき、自信がないとき、未知のものを遭遇したとき、体調が悪いとき、環境が悪いとき、この時が一番自律神経が乱れ、ミスをしやすいのです。

だからそんな状況になったときは、「あっ、自律神経が乱れているな」と意識し、自律神経のバランスを取ることが大切です。いらいら、せかせかしているときは、その直面している問題から距離を取ってみることです。そして、客観的に自分を見て、自律神経を整えることを意識し、深呼吸をしてみると良いですよ。

すると、不思議に自然と目の前の問題が解決に向かい始めます。


_1328619765.90547_752.png■運を良くする脳の使い方

住職であり、「中陰の花」で芥川賞を受賞した作家の玄侑宗久さんは、座禅の修行をしていた時のことをこう語っています。

「座禅中に後ろから板で叩かれます。叩かれると、なぜ叩かれるのかと思うのです。体が揺れていたのかとか考えるわけです。

ところが何度も叩かれていると、だんだん理由が思いつかなくなるというのです、

すると、不思議に、昔の事を思い出します。

高校時代にあの友達に意地悪したから、今叩かれだんだなとか、小学生のときに嘘をついたからだとか。

そこまで記憶を蘇らせ、私達は今受けている仕打ちを合理化しようとするのです。それが禅の懺悔法なのですか。」

すなわち、なにが言いたいかというと、

ある現象が起きた時に、脳は合理的な理屈を勝手に見つけ出そうとするのです。

不合理なままでは落ち着かないのが脳なのです。

これは幸せに生きるために知っておいた方が良い脳の働きなのです。

では、運を良くするためにどう応用するかということを話します。

今日あなたが会う人に「ありがとう」と言ってみればよいのです。

その人に面を向かって「ありがとう」と言わなくでともOKです。

実験してみると不思議です。

家で「○○さん、ありがとう」と、名前を呼んで、まずは30回言ってみてください。

どうですか?

言う前と言った後で、その人に対する感覚がまるで違うと思います。

ポイントは、声に出して「ありがとう」と言うところ。

すると、脳は落ち着かなくなるはずです。

「なんで、あいつにありがとうなんだ」と。

そして、理由もなく「ありがとう」と言っているうちに、その人のどこかいいところ、感謝すべきところを、脳は勝手に探してはじめます。

「ありがとう」と言ってしまった以上、その人のちょっとでもいいところを探さないと、脳が落ち着かなくなるのです。

逆に「バカ野郎」と言えば、今度のその人もバカ野郎な面を脳は探しにいきます。

つまり、「ありがとう」「ありがとう」と、そう思っていなくとも口癖にしていると、意識が自然に人の良い面や、小さな幸せにフォーカスして、感謝の気持ちが出てくるのです。

_1328618899.13267_533.png■自分の仕事に誇りをもて!

「一隅を照らす、これすなわち国の宝なり」

平安時代の僧、最澄の言葉です。一隅を照らすとは、社会の片隅にいながら、社会に役立つ仕事をするということです。社会から注目をされるような仕事をしなくとも、やるべき仕事に熱心に取り組んでいる人は、国にとって欠かすことのできない貴重な財産だという意味です。

ある時お釈迦様が弟子たちと田舎道を歩いておると、一人の船漕ぎに出くわしました。お釈迦様は、その船漕ぎに深々と一礼をし合唱をしました。

次に一人の木こりと出くわしました。ここでもお釈迦様は、木こりに深々と一礼をし合掌をしました。

弟子たちは「偉くもない人たちに、なぜ?」と思い、お釈迦様に尋ねました。

お釈迦様は「船漕ぎのお陰で安心して川を渡ることができます。あの木こりのお陰で私たちは家の住むことができます。私たちがこうして生活ができるのは、あの人たちが陰で支えてくれているからです。」と答えたといいます。

私たちだって例外ではありません。地味であっても、目立たなくとも、単調でも、私たちが毎日行っている仕事は、世の中のためになり、人にために役立っているのです。

自分では気づいていないかもしれませんが、大勢の人に喜びと感動を与えているのです。豊かで便利な生活がおくれるように貢献しているのです。

そう思えば、自分の仕事に誇りをもて、前向きに暮らしていけます。

_1330865489.07595_879.png■夢中になることがあれば、前向きに生きられる

「精出せば凍る間もなし水車」

寒い朝でも休みなく回る水車には氷が張らない。人も一生懸命に仕事をしたり、何かに夢中になれば、マイナスのことを考えなくなるということを表しています。これは江戸時代の俳人、松木珪琳の言葉です。

ある女性が、アパレルメーカーの工場で派遣社員として勤務していましたが、不景気で派遣契約を打ち切られてしまいました。その上、結婚を前提に付き合っていた恋人にも別れを告げられ、ショックで体までこわし、入院してしまったのです。

「私にはいいことが1つもない」「生きていても、希望もなにもない」とマイナスのことを考え、悲嘆に暮れていたところ、友人の紹介で介護の仕事を始めるようになりました。

状況が一変しました。お年寄りから「いつもありがとう」「あなたのお陰で助かる」と感謝されているうちに、介護の仕事にやりがいを感じるようになりました。だんだんと前向きに考えるようになり、今では元気いっぱいに、毎日楽しく働いているといいます。

この話にあるように、人間は何かに夢中になると、マイナスのことを考えなくなります。ですから、いつもマイナスのことを考えてしまう人は、この女性のように、やりがいのある仕事に就いたり、時間が経つのも忘れるほど夢中になることに没頭すれば良いのかもしれません。

そういった時間が多ければ多いほど、心の中にプラスに想念が充満していき、いつしかポジティブな人間に生まれ変わっている自分に気がつくと思います。

_1328618875.35913_374.png■マイナスのことを想像しないことが大切

「見ざる、言わざる、聞かざる三つのさるより、思わざるこそまさるなりけり」

平安時代の僧の良源の言葉です。「見ざる、言わざる、聞かざる」といえば日光東照宮の三猿の彫刻が有名です。これは、心がマイナスになることは、見ない方がいいし、言わない方がいいし、聞かない方がいい」といいます。良源は、それよりも考えないようにすることが一番だと言っているのです。

テレビをつけると、災害や犯罪といったマイナスのニュースが報道されています。身を守るためには、そうしたニュースを知っておく必要があるので、見ないわけにはいきません。

「言わざる」「聞かざる」も同じです。人と話をするときにマイナスの話題を避けて済ますことはできません。相手が「不況だから大変ですね」と言えば、「そうですね」と相づちくらいはうたなくてはなりません。

しかし、マイナスなことを言った、聞いた段階では心はマイナスへ傾きません。マイナスのことを思ったとき、考えたときに心はマイナスへ傾きます。

マイナスのことを想像したとき、はじめて不安や心配という想念が生じるのです。だから、マイナスのことを想像しないこと、もし自分がそうなったらと自分に置き換えないことが大切です。

「○○で火災発生」「○○で殺人事件」といったマイナスの情報を遭遇しても、そこから心を切り離すようにします。それだけでも、「自分は大丈夫だろうか?」「もし、自分がそいいう目にあったら...」と心を曇らせる感情から解放されるようになるのです。

_1328619765.90547_752.png■周りのネガティブな人に騙されるな!

人に何かを言われても、そのまま受け取ることはありません。その言葉の真意、出所をしっかりと押さえなくていけません。

他人の評価は必ずしも的を得ているとは限りません。その言葉に惑わされて、心をマイナスに傾けるのはバカバカしいこと。

たとえば、ある人が「トップセールスマンになる」と決意したとします。そう友人に話をしたところ、「君は無口だから無理だよ」と言われたとします。

こういう場合、心理学でいうとハロー効果が多分に働いているとも考えられます。

ハロー効果とは、その人の際だった特徴があると、良くも悪くも、他の面までそのイメージで評価してしまうことです。

友人の言葉は、無口→しゃべるのが苦手→セールストークも下手→トップセールスマンになれない、とハロー効果が働いたものにすぎません。

無口でも、セールストークが下手だという根拠はどこにもありません。百歩譲って、セールストークが下手だとしても、営業成績の良い人もいます。

トップセールスマンになる人は、セールストークがさほど上手くないとも言われるくらいです。

だから、周りの人にネガティブなことを言われても、それに惑わされてはいけません。そんなことで意気消沈し、自信を失うほど馬鹿らしいものはありません。

_1328618949.95825_13.png■神様は身の丈にあった悩みしか与えない

「一文で悩む人間には、一文分の悩みしかやってこない」

江戸時代の蘭学者である平賀源内の言葉です。実は、平賀源内とまったく同じこと口にしたアメリカ人がいました。石油王と呼ばれたロックフェラーです。「1ドルで悩む人には、1ドル分の悩みしかやってこない」という名言を残しています。

要するに悩み事が生じても、悩みはその人の身の丈にあった程度のものに過ぎないということです。だから、必ず乗り越えられるのです。

たとえば、給料日前に数百円のお金しかなくて、夕食の心配をしている人は、友人にお金を借りたり、図々しく誰かにご馳走になって問題をクリアすると思います。

10万円のお金がなくてパソコンが買えない人は、節約してお金を貯めたり、親からお金を借りたりし、そこを切り抜けるでしょう。

であれば、「再就職先が見つからない」、「営業成績が落ちた」といった問題で悩んでいたとしても、それは身の丈にあった悩みだということです。なんとかなることで、解決するのは時間の問題です。

神様はその人が乗り越えられない試練は与えません。2mの壁しか乗り越えられない人には2m級の試練、3mの壁しか乗り越えられない人には3m級の試練しか与えません。

それなのに、「どうしよう~」と頭を抱えている人をみてみると、2mは越えられるのに、2m級の壁どころか、1mの壁で悩んでいたりもします。大したことのない悩みで頭を抱え込んで止まっているより、1歩前に出てみませんか?

_1328618814.79037_350.png■些細なことで凹んでしまった時は?

「大行は細瑾を顧みず」中国の歴史家の司馬遷の言葉です。ここでいう大行(たいこう)とは、前を向いて積極的に生きる人のこと。細瑾(さいきん)とは、天井から雨漏りがしたり、小火で家の一部をちょっと壊したような、ちょっとの被害をいいます。

天井を修理すれば雨漏りは直ります。火の扱いに注意すれば小火を防ぐことができます。いずれも小さなことです。

前を見つめて積極的に生きる人は、細かな失敗などまったく気にしないということを表しています。

ところが世の中を見渡すと、細瑾すなわち些細な失敗でへこんでしまうような人が多い気がします。「納期が1日遅れてしまった」「あの取引先と関係が保てない」「計算ミズで上司から怒られた」「査定が下がるのではないか」というようにです。

しかし、そういった些細な失敗をしたのが友人や同僚だったら、どうでしょうか?「大したことないよ、気にするなよ!」と笑いながら励ますのではないでしょうか?

取るに足りない些細なことと認識をしているのです。だったら些細な失敗で凹んでしまった時は、第三者的に眺めてみてはどうでしょうか?

心理学では、第三者的想像といいますが、これを行えば、失敗がかすり傷程度にしか思えなくなり、心がマイナスへ傾くこともなくなります。

_1328618875.35913_374.png■小さなことでクヨクヨしない

「大事を思い立つ者が小事にかかわることなかれ」

江戸時代の劇作家の近松門左衛門の言葉です。大きなことを成し遂げようとするなら、小さなことを気にしてはいけない。小さなことでクヨクヨするなということ。

アップルパイ作りに例えてみます。アップルパイを上手に作る人は、甘さの調整と焼き具合だけに注意を払おうとします。しかし、上手に作れない人は、「リンゴの皮に大きな傷があったら...」と、リンゴが傷んでいるかもしれないなどと余計なことを気にします。気が動転してしまいます。

そして、そのことだけに意識が向いてしまうため、肝心の甘さの調整も、焼き具合もなおざりにしてしまいます。だから、美味しいアップルパイを作ることができなくなってしまいます。

美味しいアップルパイを作る時に、リンゴの皮に大きな傷があろうがなかろうが、どうでもいいことです。それに気を取られてしまい、パイづくりに失敗してしまうのは馬鹿らしいことです。

仕事のことでも、「面接で失敗をしてしまった」「プレゼンテーションがうまく行かなかった」というような時は、所詮、アップルパイのリンゴの皮の傷のようなものだと思うのが良いのかもしれません。

自分にとり、取るに足りない小さなことは、相手にとっても取るに足りない小さなことです。自分が気にしなければ、相手も気にしたりしません。このことを自覚すると、グッと前向きになれます。

_1328618949.95825_13.png■曇った心へ光を射す

「何かが身に降りかかったら、春がきたと思えばいい。夏がきたと思えばいい。秋がきたと思えばいい。冬がきたと思えばいい。」

江戸時代の禅僧の白隠の言葉です。春は風が強く洗濯物などが吹き飛ばされる難点がありますが、寒さから解放され、草木によって心が癒されるという利点がある季節です。

夏は、暑くて過ごしづらという難点がありますが、水遊びを楽しめる利点があります。秋は日が暮れるのが早く寂しい気分になりますが、作物の実りの時期で美味しいものが食べられます。

冬は、風をひきやすいという難点がありますが、雪遊びが楽しめ、温かい料理を美味しく食べられます。

人生も同じです。何かが自分の身に降りかかっても、難点ばかりだとは限りません。何か利点があるものです。白隠は、マイナスの事が起きても、悲観に思ってばかりでは駄目だと言っています。

就職活動をとっても、そうです。就職浪人を余儀なくさえたとしても、逆の側面では、自分の希望の会社をじっくり探すことができるという側面もあります。それにより天職が見つかるかもしれません。

どんな現象も難点と利点があります。利点だけを見つめようとすれば、どんより曇った心に光が射してきます。
_1330865489.07595_879.png■人生は考え方ひとつで極楽にも地獄にもなる

「それ浄土というも、地獄というも、外には候はず、ただ我ら胸の間にあり」

これは鎌倉時代の僧の日蓮の言葉です。「極楽とか地獄というものは、自分を取り巻く環境や遭遇といった外部にあるものではありません。心の内側にあるものです。ものの考え方ひとつで、極楽にもなれば地獄にもなります。そういうことを表して言葉です。

たとえば、勤めていた会社が倒産してとします。「失業した」「収入源が途絶えた」という側面だけをみれば、不安が増大するだけです。まさしく地獄です。

しかし、「今よりも好条件の会社に再就職できるチャンスかもしれない」「才能を存分に発揮できる仕事を見つけるチャンスかもしれない」という側面から見れば、希望がもて人生は極楽となります。

難しいプレゼンテーションの準備をするときも同じです。「休日を返上して仕事をしなければならない」という側面だけを見れば地獄ですが、「スキルアップができる」という側面を見れば、やり甲斐を感じ、この先のライフワークは極楽となります。

同じ現象が起きても、考え方次第で明るくも暗くもなるのです。幸福への道を選択するのか、それとも不幸の道を選択するのか。

前向きに生きることで、心をプラスにしたいのであれば、極楽になる方を選択すべきです。

_1328619842.99349_69.png■居を変え気分転換を

「居は気を移す」中国の思想家である老子の言葉です。ここでいう「居」とは、新しい土地や家のことを指します。この言葉は、新しい家や土地に移れば、気分がリフレッシュするという観点から、気分転換の重要性を意味しているものです。

これはマイナスに傾いた心をプラスに転換するために、凄く大切なことです。

人間誰だって長時間仕事をしていれば、緊張と疲れがたまってきます。些細なことでイライラ、セカセカとして、落ち込んだりすることもあります。心がどうしてもマイナスの方へ傾いてしまいます。

これを防ぐには気分転換をするのが一番です。老子の言葉にあるように、「居」を変えることですが、居を変えるとは引越しだけを意味するものではありません。

新鮮な空気を吸ったり、未知の感動を味わったり、非日常的な空間へ移動して英気を養うことも居を変えるということです。

たとえば、都会から離れ、自然の中に身をおいてみる。童心にかえって遊園地で遊んでみる。文化や風習の異なる海外へ旅行へ行ってみる。

このように環境を変えていくと、ストレスホルモンの分泌量が減り、その代わりに、充実感、幸福感、快適感と関係のある快楽ホルモンが沢山分泌されるようになります。

心がマイナスへ傾いたら、居を変えることも、心をプラスに変えるための得策の1つです。

_1328619765.90547_752.png■不満になったら、恵まれて生きていることに感謝せよ!

人生に不足や不満は付きもののように思えますが、恵まれていることを忘れがちです。心が不満になったら、恵まれて生きていることに感謝することです。

あるとき、一人の貧しい男がお釈迦様に、「極楽にいる人の食事を見てみたい」と言いました。お釈迦様は男を極楽へ連れていきました。

しかし、食事を見た途端、男は拍子抜けをしてしまいました。豪華なご馳走だと思っていたのに、自分が毎日食べているお粥と変わりがなかったからです。

次に男はお釈迦様に「極楽にいる人の家を見てみたい」と言いました。お釈迦様は再び男を極楽へ連れて行きました。

しかし、家を見た途端、男はまたもや拍子抜けをしてしまいました。豪邸だと思っていたのに、普段自分が暮らしているボロ家と一緒だったのです。

飢饉が起きればお粥も食べることができません。災害が起これば、ボロ家にも住めません。だから、今ある恵みをもっと感謝すべきです。そうすれば、その暮らしが極楽に見えてくるはずです。

私たちの生活も同じです。災害にあえば住む家もなくなり、コンビニで弁当も買うことができません。風呂にだって入ることができません。そう考えると、衣食住が問題なくできる生活は極楽でそのものです。

自分の境遇に感謝して生きることこそ大切です。そうなれば、心もマイナスからプラスへ移行するというものです。

_1328618899.13267_533.png■今からでも遅くない何か1つ特技を持つ

「一灯を下げて暗夜を行く、暗夜を憂うことなかれ、ただ一灯を頼め」

江戸時代後期の儒学者の佐藤一斉の言葉です。ここでの一灯とは、自分にはこれがあると思えるものを指します。

分かりやすく言えば、「私にはこれがある」という得意なものが1つあれば、困難な状況に見舞われても、それを乗り越えていけるようになるということを表しています。

昔、10人のお金持ちと、一人の貧しい漁師を乗せた船が難破し、無人島に流れ着きました。無人島で暮らすことを余儀なくなれたのですが、数年経って、通りかかった船によって救助された後は、貧しかった漁師が10人のお金持ちよりも金持ちになりました。

10人のお金持ちは魚を捕ることができなかったため、漁師に懇願したのです。「このままでは餓死してしまうので、どうか魚を捕まえてほしい。一匹ごとに高額な謝礼を払う。だだし、今手元に現金がないので、無事救助されて本国に戻ったら払う」と約束したのです。

漁師は魚を捕まえるという1点に長けていたため、大変特をしたという話です。

私たちの生活でもいえることです。「学歴がない」「派遣社員だ」「貧乏だ」といって落ち込むことはありません。

何か資格を持っている、外国語がぺらぺらといったように、何か1つ得意なものを持っていれば、それが生かされる時が必ず来るのです。今からでも遅くありません。何か1つ特技を持ちましょう。

_1328618949.95825_13.png■おならの悪臭の原因

「ブッー」とおならをしたら、自分でも驚くほど臭かった。そんな経験はありませんか?

気をつけていても、時には出てしまうものが、おならです。人前では避けたいものですが、生理現象なので、仕方ない場合もありますよね。

問題なのは、おならが出るということよりも臭いということです。なぜ臭いおならが出てしまうのでしょうか?

腸内環境が悪化すると、体にとり不要なものが腸内で長い間滞留することになります。すると、腸内で悪玉菌が繁殖して便を腐敗させて有毒ガスを発生させるのです。これが悪臭の原因といわれています。

対策としては、便秘の解消や腸内環境と整えることです。それには、水を沢山摂ることも大切です。しかし、「水なら何でも良い」というわけではありません。逆効果になる人もいるので要注意です。

ある人は、便秘に水分を沢山とるのが良いと聞いて、1日にコーヒーや紅茶を5~6杯飲むようにしていたというのです。解消されるどころか、便秘がひどくなったようです。

コーヒーや紅茶、緑茶、炭酸飲料に含まれるカフェインには利尿作用があります。沢山水分を摂ったつもりでも、尿として排泄されてしまい、体内の水分が不足してしまうことになるのです。

コーヒーを1杯飲んだら、2倍くらいの水を補給しなければなりません。結果的に水分補給どころか、便秘や腸内環境を悪化さえることにもなりかねません。

カフェインが含まれないミネラルウォーターなどを1日に1.5~2L飲むようにすると、腸内にとどまっている硬い便が徐々に柔らかくなり体外へ出やすくなります。くさいおならや悪臭便も自然となくなります。

_1328618814.79037_350.png■あなたの人生は、今までツイていましたか?

松下幸之助さんは、面接の際に必ずこの質問をしたそうです。

『あなたの人生は、今までツイていましたか?』

貴方は、どうですか?ツイていると思いますか?

東大、京大、慶応、早稲田と、どんなに優秀な大学を卒業していても、

「いいえ、ツイていません」

と答えた人は採用をしなかったそうです。

逆に「凄くツイていました」と答えた人は全員採用をしたそうです。

松下幸之助さんは、優秀よりもツイている方が好条件と考えていたようです。

ツイている人を何よりも優先していたそうです。

でも、「私はツイています」と自分で言える人の深層意識には、何があるのでしょうか?

「私はツイています」と言える人の深層意識には、

「自分の力だけじゃない」というまわりに対する感謝の気持ちが必ずあるのだそうです。

つまり、松下幸之助は感謝の気持ちがある人かどうかを、

「あなたの人生は、いままでツイていましたか?」

という質問で見ようとしていたのです。

心の根底に感謝の気持ちがある人は、今は優秀に見えなくとも、結果がでていなくとも、必ず良い人材に育つことが松下幸之助には見えていたのでしょう。

事実、「はい、ツイています」と即座に面接で答えて採用させた学生達が課長になる頃に、彼らが企画が続々といヒットしはじめ、松下黄金期へと推移していったそうです。

実は、戦国の武将たちも、このように考えた人は多かったようです。

側近中の側近には、槍の名人ではなく、九死に一生を得たようなツイている人が選ばれることもあったそうです。

だから、脱サラして人生を切り開こうとする貴方。
「俺はツイいる」と言って、どんどん思った方向へ進んでみる良いと思います。

_1328618875.35913_374.png今日は、杉ちゃん調でブログを書いてみたぜぇ。

今日も暑くなりそうだろ~~。暑さに負けずに頑張ろうぜぇ。全国高校野球選手権大会が始めっているぜぇ。

球児たちの熱い挑戦を見ていると、こっちもパワーを貰えますよだぜぇ。同じあつさでも、暑いと熱いは違うぜぇ。高校野球が人気があるのは、あのパワーにあると思うぜぇ。

純粋な高校生が一打一投に勝負を掛けるぜぇ。負けたら終わりという状況で勝負を掛けている姿に心を打たれるぜぇ。

あの挑戦する姿に、オレも負けないように行くぜぇ。暑いから裸でウロウロしてたら通報されたぜぇ。ワイルドだろ~?

ワイルドな高校球児乾杯だぜぇ!

今日の試合はこれだぜぇ!

■第1試合(8時)
高崎商(群馬)-浦和学院(埼玉)

■第2試合(10時30分)
日大三(西東京)-聖光学院(福島)

■第3試合(13時)
宇部鴻城(山口)-富山工

■第4試合(15時30分)
佐世保実(長崎)-札幌一(南北海道)

個人的には日大三の戦いに興味があるぜぇ!

_1328619842.99349_69.png■欠点は長所にもなる

「欠点も裏側から覗けば長所となる」

幕末に思想家の佐久間象山の言葉です。人間の性格には二面性があります。なので、短所と思っていたことが、その人の長所になったりする場合があるということです。

例えば、こんな話があります。ある保険会社に、落ち着きのない3人に新人セールスマンがいました。じっとしていることがとにかく苦手な3人の様子をみて、上司が「少しは落ち着いて仕事をしなさい」と注意しました。

すると、2人の男性は「申し訳ありません。以後、気を付けます。」と答えたといいます。しかし、3人目の男性は違いました。

悪びれ様子もなく、「これも私の良いところです。落ち着きがないのは、それだけフットワークの軽い証拠です」と答えたのです。

そして、数年後、その3人目の男性だけが、トップセールスマンへ躍り出たのです。私たちも、この男性に見習うべきことがあります。

他人から「貴方のそういうところが欠点だ」と言われても、落ち込んでしまうことなどないのです。

むしろ、「私の良いところ」と解釈をします。優柔不断は柔軟性がある証拠、心配性は用心深い証拠、神経質なのは几帳面な証拠など自分に言い聞かせると良いかもしれません。

そうすれば、心だってみるみるプラスへ転換するようになります。

_1328618949.95825_13.png■ちょっと失敗で深刻にならないこと

「粗相があったからといって、別に命まで取られるわけではない」

江戸時代初期の僧の沢庵の言葉です。徳川家光が三代将軍に就いて間もない頃、会計を任せられていた幕臣の一人が、帳簿の記載漏れを重臣から指摘され任を解かれたことがありました。「私の人生もこれで終わり」と嘆き悲しむ幕臣に、沢庵が行った言葉です。

ちょっとくらい失敗があったからと、別に死ぬわけではない。事態を深刻に考えてはならないという意味です。

現代においても、例えば取引先からクレームが来ただけで、「もう、あそことは取引ができない。責任を問われて会社からマイナスの査定を下されたら...、それが原因でリストラをされたら、どうしよう...。」と考えるような人が少なくありません。

しかし、それだと不安だけが増大するだけで、気分は落ち込んでしまいます。しかも、恐れるは現れるという心の法則により、本当に恐れていた通りのことが起きてしまうことにもなりまねません。

こういう時には気持ちを切り替えるのが一番です。沢庵の言葉にもあるように、「別に命まで取られるわけではない!」と自分に言い聞かせることです。

医者から不治の病の宣告をされたり、大災害に見舞われたりした場合は深刻に考えなければなりませんが、取引先からのクレームくらいで死活問題にはなりません。

ちょっとの失敗くらいで挫けていては駄目です。こういう時こそおおらかに構え、前を見て進みましょう。

_1328618875.35913_374.png■今、この瞬間をを生きる

中国戦国時代の思想家の壮子の言葉に、

「来世は待つべからず、往世は追うべからず」という言葉があります。

来世とは未来を、往世とは過去を表します。未来のことを思い煩ったり、過去の辛い思い出に浸る暇があったら、今を大切にしなさい。この時間を存分に楽しみなさいという意味です。

「そんなこと、言われなくとも分かっているよ」という人がいるかもしれません。しかし、私たちは往々にして、過去にとらわれたり、先のことを心配してばかりいます。

例えば、自分の会社の売り上げが良くないときなどです。そういう日は友人と食事に行っても、今一つハッピーな気持ちになれません。

美味しい食事がでてきても、「あんな商品を仕入れなければ良かった...」「会社が業績が悪化したらどうしよう...」などと過去や未来のことばかりに意識が向いてしまいます。

すると、不安などのマイナス想念が心を覆い、料理の味も分からなくなり、友人と一緒にいても楽しくなくなります。

そんな時は、この言葉を心の中で唱えて、過去や未来へ向こうとする意識を、今、この瞬間に収束させるようにします。

「私は今、美味しい料理と友達と一緒に味わるために、このお店にいる」と自分に話しかけることです。こうすることで、過去や未来へ意識が行くにくくなり、この瞬間に意識が向きやすくなります。

今の時間を楽しめるようになり、ハッピーな時間の余韻が後まで残るため、売り上げの件で生じたマイナスの念も相殺され、心がマイナスに傾く頻度が激減するようになるのです。

_1328619842.99349_69.png■ウサギとカメの話(続き)

ウサギとカメのおとぎ話をご存じたと思いますが、あれには続きがあるのですよ。

ウサギがレースの途中で昼寝をしている間にカメが追い越して勝ちますよね。

でも、その後、カメが神様の怒られたのです。

「カメさん、どうして、ウサギと競争をしたの?

貴方は陸でぴょんぴょんと走れるウサギになりたかったの?

海では他の誰よりも優雅に泳げるのに。貴方は貴方であればよかったのよ!」

そして神様、最後に一言。

「陸でかっ跳んでいるカメなんて、キモいよ~。」

貴方は貴方であればいいのです。

自分らしさを大事に人生を進むことが一番大切なのことなのです。

「世界に1つだけの花」という曲もありました。

花屋の店先に並んだ♪



それなのに僕ら人間はどうしてこうも比べたがる?
一人一人違うのにその中で一番になりたがる?

そうさ 僕らは世界に一つだけの花

一人一人違う種を持つ

その花を咲かせることだけに一生懸命になればいい

■自分は自分、他人は他人、比較するのは愚の骨頂

「河に住んで力あるものは、陸に登って悩む。」

鎌倉時代に臨済宗を開祖した栄西の言葉です。大きくて泳ぐのが速い魚が陸に上がったところで良いことは1つもありません。

走り回ることはできませんし、小動物が獰猛な捕食者の餌食になることを恐れながら暮らしているのを知ったら、「自分が食べられてしまうのは時間の問題だ」と後悔をするだけです。

この言葉が意味することは、自分と立場の違う人を羨んではいけない、相手には相手なりの苦労があるということです。

いい例が、マイホームを持っている友人をみて、「いいな、私も庭付きの一戸建ての住宅に住みたい」と思ったときです。

友人が住宅ローンの支払いでお小遣いも満足にない状況だったとしたらどうでしょうか?

ローンの心配もなく、好きなときに好きなものを買え、好きなところへ旅行へ行ける自分の境遇の方が有り難く思えてくるのではないでしょうか?

ましてや、買い物や旅行が一番の趣味としていたら、マイホームを持った瞬間、お金が自由に使えなくなるわけですから、人生の楽しみが激減するのは目に見えています。

他人の境遇や生活スタイルが羨ましくみえても、当人は当人なりに様々な悩みや問題を抱えているものです。

そのことを知って、自分は自分、他人は他人、比較するのは愚の骨頂という気持ちでいれば、心が大分楽になります。

_1328619842.99349_69.png■仕事がうまく行かない、スランプに陥ったら...

「がんばるだけが能じゃない、何事もほどほどに」

幕末の蘭学者の岡見清煕の言葉です。頑張ってもうまく行かない時や、スランプで陥ったとき、ふつう人は凄く気が休まらない状態が続くものです。

それでも、頑張ろうとすると、張りつめていた緊張の糸が突然切れてしまい、落ち込み、心が急速にマイナスに傾いてしまうことがあります。

岡田清煕の言葉は、それを防ぐ意味で、「必要以上に頑張らなくともいい。頑張りすぎて心をマイナスに傾けてしまうと、人生自体が停滞してしまうようなことになる」という警告を促しているのです。

頑張っても成果があがらないと、人は焦り出します。しかし、焦れば焦るほど、物事はうまく行かなくなるものです。つい、頑張り過ぎてしまうタイプの人は、この言葉を指針にすると良いと思います。

また、頑張り過ぎないことは、我欲封じにも繋がります。我欲とは、私心、私利私欲、身勝手な欲望のこと。仏教でも我欲を煩悩の1つとしてとらえ、心身を悩ませ、乱し、煩わせる悪い心の状態とも説いています。

我欲を封じるためにも、頑張り過ぎてへとへとになったらセーブをして、一端ゆっくりと休むことです。

仕事がうまく行かなくとも、スランプに陥ったとしても、休めば、それ以上、心がマイナスになることはありません。

人生は長いし、巻き返すチャンスはいくらでもあります。心をプラスの方向へ向けて、その上で頑張ることが大切です。

_1328619842.99349_69.png■リラックスすれば強くなる

「うまくやろうとするあまり、自分を追い込むと、苦が生じる。」

この言葉は、江戸時代の需学者の林羅山の言葉です。何でもかんでも上手くやろうとすると、自分を追い込み、苦の緊張のあまりイライラやストレスが増大して、心が苦しくなるということを表しています。

江戸時代に徳川家康が江戸城で弓矢の大会を開きました。二人の侍が決勝に進みましたが、両者の師匠の指導はまるで違うものでした。

一人の師匠は弟子に、「合戦場だと思え。的から外れたら、自分の命がないという覚悟で臨め」とアドバイスしました。

それに対し、もう一人の師匠は「合戦場ではないのだから、的から外れても、まあいいか、くらいの気持ちで臨みなさい」とアドバイスをしたのです。

結果は後者の弟子が優勝しました。前者の弟子はプレッシャーのあまり緊張をしてしまい、本来の力を発揮できなかったといいます。

「うまくやろう」「完璧に仕上げよう」と考えすぎると、それがプレッシャーとなり、心を締め付けるようになります。緊張を余儀なくされ、イライラやストレスが増え、ミスを犯す頻度も高くなります。

「うまくいかなくとも、まあいいか」くらいの気持ちで、無理をしないで行った方が得策です。その方がリラックスでき、緊張感が薄れます。そうすれば、上手くいく確率が高くなり、心がマイナスに傾かなくなります。

_1328618875.35913_374.png■いつも上手く行かない?

数度の過ちで気落ちするのは、愚の骨頂。(天海)

何十回、何百回とやっても、上手くいかないとしたら落ち込むだろう。しかし、数回挑戦しただけで上手く行かないと落ち込むのは馬鹿らしいこと。そういう意味に天海の言葉です。

「いつも自分の意見を言う度に却下される」「がんばって営業へ行っても、いつも契約がとれない」など上手く行かないことを口癖のようにする人がいます。

でも、本当にいつもなのでしょうか?

決してそんなことはないと思います。せいぜい何十回に4、5回ではないでしょうか?

物事が上手く行かないときに、そうした言葉を口にすると、ダメ意識が強く働き、心がマイナスに傾いてしまう可能性があります。

「何十回も自分の意見を言ったが全部却下された。」「何百件も営業にまわったが1件も契約がとれなかった。」そういうならさすがに、「いつも」かもしれません。

しかし、せいぜい4、5回なら誰にでもあることにすぎません。ここは天海が言うように、「こんなのいつもに入らない」と自分に言い聞かせると良いかもしれません。

「いつも」を「たまに」に置き換えると良いです。「たまにこういうこともある」と自分に言い聞かせれば、落ち込むようなことはありません。

前向きに進みましょうよ!

_1328618814.79037_350.png■悩みのない人間など、この世に一人もいない

鎌倉時代の歌人の鴨長明の言葉に、「宝あれば恐れあり、貧しければ嘆き切なり」とあります。

お金があると火事や泥棒の心配があり、貧乏だと生活に困って悲しくなります。人には、皆、大なり小なり悩みがあります。悩みのない人などこの世に存在しないということを表した言葉です。

昔、何歳になっても結婚できない男がいました。悩み続けた男は、ある時神様に相談をしました。「結婚して幸せに暮らしている家庭を見てみたい」と。

神様はまず、男を幸せな家庭へ連れて行きました。しかし、家の主は夜になると、「お金がない。大変だ。」と悩んでいました。

神様は次に、男を幸せで裕福な家庭へ連れて行きました。しかし、家の主は夜になると「鶏が卵を産んでくれない」と悩んでいました。

神様は次に、男を幸せで裕福で多産な鶏を飼う家庭へ連れて行きました。しかし、家の主は夜になると、「周囲に高い木が多く、日当たりが悪い」と悩んでいました。

この瞬間に男は気付きました。この世に悩みのない人間などいないということに。そして、そこそこのお金があって、普通に卵を産む鶏を飼い、まずまず日当たりの良い家の暮らしている自分の境遇が有り難く思えてきたのです。

人生がうまく行っている人も、そうでない人も悩みをはあるのです。大変なのは他人も同じです。そう思えば、今の自分の境遇はまんざらでないように思えてきます。

_1328618814.79037_350.png■人にやる気を出させるテクニック

仕事を効率的に迅速に進めるためには、時には人に任せることも重要なことです。そして、相手をやる気にさせるためには、言葉のマジックも必要です。人を動かすために何より重要なのが、相手の気持ちを動かす言葉です。

まず、「なぜ貴方に頼むのか?」という理由です。その仕事が面倒くさそうとか、大事な仕事が入ってきて重なったとか、手間と時間を考えるとコストが合わないなどの理由は語ってはいけません。

その仕事が簡単なことも語るべきではありません。「君なら簡単にできるから、チャチャッとやって...」などと言えば、おざなりな仕事が上がってくるだけです。むしろ、その仕事の難しさを強調する方が良いです。

この時に大事なことは、相手の感情を高める褒め言葉をキーワードに使うことです。どんな人でも褒められて嬉しくない人はいません。個人の評判こそが仕事のやりがいに繋がってきます。

相手にやる気を出してもらうためには、「この仕事ができるのは貴方しかいない」ということを強調すること。この仕事の成功が貴方の将来に繋がるもので、自分は貴方とこれからも一緒に仕事をしたいという気持ちを込めることです。

そんな言葉に意気を感じて、期待以上の仕上がりだった時は、人にやって貰ったにも関わらず、自分でやった以上に嬉しいものです。人を動かす醍醐味はそんなところにもあります。

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